子どもの感受性が強いのはダメなことなの?子どもの発言・発想は面白い!

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子育てに忙しく毎日を過ごしている親御さん。

我が子だからとはいえ、お疲れさまです。

そして、ありがとうございます。

 

毎日頑張りすぎて、疲れていませんか?

『大人なんだから自分を律して、子どもたちのお手本にならなくてはいけない!』という気持ちはとっても大切です。

しかし、“24時間365日自分を律する”なんて無謀なことはせず、”良い大人であるように”ぐらいを心がけていきましょうね。

 

さて、本日の本題は、“感受性”についてです。

※感受性とは、外界の刺激・印象を受けいれる能力。物を感じとる能力のこと。

日々、子育てをしていると、私達大人が子どもに教えるだけではなく、子どもからも様々なことを教えられていると思います。

子どものちょっとした発言にドキッとしたことありませんか?

『へ~、そんな見方をするんだ~』って、驚いたことはありませんか?

時に、『なんでこんなことで泣くんだろう?』『なんでこんなに怒るの?』ってことはありませんか?

 

今回は、子どもの感受性が強いのはダメなことなのか。

実際に、私の子どもたちを例にお話していきますね。

子どもの感受性が強いのはダメなこと?

子どもの感受性が強いのは、全然ダメなことではありません。

それらは、感受性の違い、感受性の強弱からくるもので、別に普通のことなんです。

 

例えばうちの息子は、園児の頃まで、ホイール付きのタイヤを見ては

「怒った顔のタイヤ。笑った顔のタイヤ」

と言っては、タイヤを見て楽しんでいました。

その頃の息子には、ホイール付きのタイヤが、人の顔に見えていたんですね。

 

これ、ダメなことなのでしょうか?

 

また、うちの娘は、”金髪で長い髪を結っている”自画像を描きました。

ちなみに、その頃の娘の髪型は、短髪で黒髪です。

園の先生は、うちの娘が金髪で描いても、注意したり書き直しさせたりせず、そのままを受け入れてくれました。

 

これ、ダメなことなのでしょうか?

私は、そういう息子や娘をそのまま受け入れてくれた、園の先生にとても感謝しています。

それと同時に、『そうやって受け入れてあげるんだ』と、大変勉強になりました。

 

また、私がアキレス腱を切ってしまって、ギプス姿の時があったんですが、ちょうどその時に、園で七夕の劇があったんですね。

私は、その七夕の劇で、牛の役を演じたんですが、ふと娘を見ると、なぜだか泣いていたんですね。

劇が終わった後、娘と一緒に劇を見ていた母に話を聞いたところ、

「足が痛いのにお母さん、必死で頑張ってる~(T^T)って言って、感動して泣いてたよ」

と言っていました。

母の頑張りを娘が見て泣く…。

え~、例えるなら、初めてのおつかいの逆バージョン?といったところでしょうか。

 

これ、ダメなことなのでしょうか?

逆に、『私(母親)のことを思って泣いてくれるなんて~(T^T)』と、親としては、無茶苦茶嬉しいことなんじゃないでしょうか。

 

子どもの感受性が強いと、”普通じゃない”と思われがちですが、普通ってなんでしょうか。

普通は、人によって違うものです。

 

また、”普通”の類義語に、”当たり前”という言葉があります。

「お母さん・お父さん(親)なんだから、これぐらいやって”当たり前”でしょ」と、いまだにたまに耳にしますが、当たり前ってなんでしょうか。

普通と同じで、当たり前も人によって違うものです。

 

“一般的に”とか、”平均は”とかも同じで、それらは人によって違うものです。

 

個人的には、子どもの感受性が強いことは、とってもいいことだと思います。

それよりも、その子どもの言動に対し、私達親がどう思うか、どう対処するかのほうが大切なのではないでしょうか。

 

私も、忙しい時など、自分に余裕のない時は、

子ども:「ね~ね~お母さん、これ知ってる~?」

私:「知ってるよ!」

とか、

子ども:「ね~ね~、近くの公園にお散歩行こ~?」

私:「お母さんは忙しいの!」

などと言ってしまったことが何度もありました。

子どもたちが望んでいることはわかっているのに…。

今は、子どもとの時間を作ろうとしなかった自分を後悔しています。

 

私達親にとって、”当たり前のこと”や、”今必要なこと?”と思ってしまうことが、子どもたちにはとっても大切なことなんです。

私達親の態度・対応を見て、子どもは諦めたり、感情を出すのをためらったりしてしまいます。

その結果、正解ばかりを気にしてしまう子どもにさせてしまう場合もあります。

子どもも子どもなりに、どう表現すればお母さん・お父さんが喜んでくれるか、考えたりもしているんです。

「僕(私)って、サイコー」って思ってもらえる、自己肯定感をもたせてあげられる親になりたかったなぁと、今では深く反省しています。

でもまぁ、のびのびとは育てられたかなぁとは思っています(^^;

まだまだ先だとは思いますが、いつかその答えを子どもたちに聞いてみたいと思います。

 

うちは、概ね子育ての終わりが見えてきました。

だからこそ、こんなことを思うのかもしれませんね。

現在子育て真っ只中のお母さんお父さんは、きっと昔の私の気持ちをわかってくれると思います(苦笑)

それでも、子どもたちの小さな発見、一つ一つの発言を大切にしてあげてください。

子どもって、私達親が思うよりもずっと私達の言動を見て、色々なことを考え、感じていますよ。

子どもの感受性を育ててくれた園

先程の、娘が描いた絵について何も注意をしないというだけではなく、我が子が通っていた園では、様々に子どもの感受性を育ててくれました。

 

代表的なところだと、毎月の”園外保育”ですかね。

園外保育は、毎回学年ごとに目指す場所があり、ほぼ同じルート・道を1年間通ります。

年に何回か親も一緒に参加できるのですが、

「暑い(寒い)ね~」

だの、

「景色が綺麗ね~」

だのと言いながら、私達親は、子どもが仲良くしている子どもの親とのんびり歩いていました。

 

ほとんど車が通らないルートを考えてくれていて、『子どもたちの安全もちゃんと考えてくれているなぁ』と、当時は思ったものです。

でも、『なんで毎回同じ所・ルートなの?いろんな所へ連れて行ってあげればいいのに』と思い、保育士さんに聞いてみたところ、

「同じ所・ルートでも、季節によって景色はガラリと変わります。山の色、匂い、鳥の鳴き声、野いちご、草花の感触など、子どもたちも自然と季節の変化を知り、感じていきます。その季節・四季を子どもたちに五感で感じてもらいたいと思って、同じ所・ルートにしているんです」

と教えてくれました。

その時に、『四季がある日本って、なんて素晴らしいんだろう』と、改めて日本の良さを感じたものです。

 

園外保育以外だと、通っていた園は基本、みんなのお父さん・お母さんという形・雰囲気でした。

そのため、我が子はもちろんですが、他の親御さんの子どもとも、と~ってもフレンドリーな関係で、親子ともどもとても楽しく過ごせた記憶が残っています。

 

私達親子は、とってもいい園(縁)に恵まれたと、子どもたちが大きくなって今でもそう思っています。

まとめ

私達親にとって、子どもはいつまでたってもいくつになっても子ども。

やっぱりかわいいもんです。

 

今回、この記事を書くにあたり、娘のことを考え、思い返したんですが、感受性の強い子だ(った)と思います。

(息子のこともしっかり考えましたので、誤解のないように)

私は、娘を軽くあしらっているのに、

「お母さん大好き~」

って(T^T)

 

また、私の怪我に泣いてくれたり、一緒に感動したりと、とにかく感情が強く出ていたように思います。

最近は、もやもやした気持ちを

「あ~、もう嫌だ!」

とか

「なんでなんでなんで~」

とか、大きな声で発しています。

それを兄(息子)は嫌っていますが、私は『また始まった~』と思い、

「どうしたの~」

と、とにかく話を聞くようにしています。

 

今度こそ、気持ちにも余裕ができたい今だからこそ、今この時を大切にしたいと考えています。

“親だから”とか、”子どもだから”にとらわれず、バカになれるときはバカになる。

家族の前では、親だからとか子どもだからとか抜きに、思いっきりバカになったり、甘えちゃったりしていいんじゃないですかね。

感受性が弱く、あまり気持ちを外に出さない子どもよりも、うちの子のように(?)『ちょっと大丈夫?』ぐらいの”不思議ちゃん”のほうが、一緒に暮らしてて楽しいですよ♪